インド、ヒンドゥー・ナショナリズムを描く問題作「URI サージカル・ストライク」
DVD『URI サージカル・ストライク』2019年インド映画。監督アディティア・ダール。劇場未公開。
興味深いインド製戦争映画。戦闘シーンは迫力がありハリウッド映画に見劣りしない。「URI」は特殊部隊の略称ではなく、パキスタンと国境紛争が続くカシミール地帯にあるインド軍駐留基地の地名。なので「ユーアールアイ」ではなく「ウリ」と読む。
現実の事件にもとづく物語とされ、2016年に起きたパキスタン非政府系武装勢力によるウリ基地の襲撃(インド兵17人死亡)に対する報復として、インド軍が同勢力の拠点をサージカル・ストライクするまでを描いている。発端の事件は以下のリンク。
「サージカル・ストライク」は局所攻撃と訳され、パキスタンの非政府系武装勢力=テロ組織の拠点への越境ピンポイント攻撃を意味している。なぜそのような作戦がとられるのか。非政府系武装組織の拠点のみ攻撃するのは、国に対する攻撃にはあたらないとの口実になるからだ。つまり戦争回避の方便である。しかしインドはパキスタン政府が関与しているのも知っているし、パキスタン政府も非難はするが報復はしない。
この事件そのものと、事件以後の将兵たちの作戦への献身や家族、友への愛情、国家をあげての対テロ作戦完遂を描くとてもよく出来た愛国・軍礼賛映画だ。
本作に対する驚きのひとつは、ロシアやトルコなど周辺に紛争を抱える国が軍事行動の周知や募兵啓発(インドは徴兵ではなく募兵制)のために作る国策的戦争映画を、インドも作り始めたのかという点だ。軍に対する称賛とナショナリズムへの傾倒は徹底しており、少女に「勇気と犠牲は美徳の極みなり」と鬨の声を叫ばせる描写には、強い軍国主義者でないかぎり、日本人はかなり違和感をおぼえるのではないか(その少女は日本の空手を学んでいるのだが)。とはいえ、ポジティブにとらえるならば、『URI サージカル・ストライク』はインド映画のひとつの新しい潮流であるといえる。
インドの戦争映画とは珍しい印象があるかもしれないが、映画王国なので当然、つくられないわけはなく、これまでもビデオ・DVDストレートの形で何本かさりげなく日本に入っている。70年代の第3次インド・パキスタン戦争をテーマにした『デザート・フォース』という97年の作品は湾岸戦争映画ブームに便乗してビデオ発売されている(この時代は同じように湾岸戦争映画のふりをしたイラン製イラン・イラク戦争映画も多数発売された)。その当時のインド映画であるから当然、戦争映画でも突然ダンスが始まるシーンがあり、リアリズムというよりも戦争英雄礼賛のファンタジーという色が強い。戦争映画としては珍品という印象の作品だった。
90年代の印パ国境紛争を描いた大作『レッド・マウンテン』 という作品もDVD発売されている。日本版DVDは全長版ではないようだが、人海戦術を使った大味な映画だった。
そうした過去の戦争映画に較べると『URI サージカル・ストライク』は映像は非常に緻密に、ハリウッド風に構成され、また事実に基づく物語として政治的・社会的背景もしっかりと組込まれている。質の高い映像は見る者の愛国心をたっぷり刺激し、その作劇はナイーブな感性で見れば感心もできる。兵士たちの純粋さに涙する視聴者もいるかもしれない。
そのいっぽうで、本作を見て驚くもうひとつの別のベクトルがある。
本作の冒頭にはナガランド、マニプールなど北東部の少数民族弾圧を正当化する描写がある。インド国内から見れば彼らは反政府武装勢力でありテロリストでもあるのだが、外部から見ればそれはヒンドゥー・インドによる独立を求める少数民族の弾圧、同化政策なのだ。
映画に描かれる少数民族ゲリラへの容赦ない報復と掃討作戦は第三国から見て果たして容認してよいかと戸惑わせる容赦なさがある。
インド北東部の少数民族7州、いわゆる「セブン・シスターズ」と呼ばれる地域の人々に対するヒンドゥー・インドによる弾圧は日本ではおそらく知る人も少ないと思うが、それは中国における新疆ウイグル人やミャンマーにおけるロヒンギャへの迫害などと同根の深刻な人権侵害を孕む問題であり、映画がよく出来ているからといって看過できる描写ではないのだ。
インド東北部の北部7州におけるインドによる弾圧問題は多良俊照「入門ナガランド」(社会評論社)やカカ・D・イラル「血と涙のナガランド」(コモンズ)などに詳しいが、その人権侵害の歴史と虐待の実際はあまり日本人の知るところではないかもしれない。
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『URI サージカル・ストライク』を見るとナガランド・ゲリラはアフガニスタンにおけるタリバンや中東におけるISのようなテロリスト集団として描かれているが、前記二書などを読めばその認識はまったく違っていることが分かる。
インドは日本人にとってカシミール問題や核ミサイル保有の問題を抱えているものの、比較的穏健で友好的な国家というイメージがあり経済連携についてもあまり国民から批判が出ることは少ない。それはナガランドやマニプールなどへの弾圧の事実を知らないからだ。またヒンドゥー教国家という背景もインドを穏やかで温かい印象にしているかもしれないが、宗教国家は異教に対しては徹底的に冷淡で、残忍に排除を試みることも本作を見るとよく分かる。我々は鈍感になりがちだが、皇室行事をマスコミが大きくとりあげている日本についても、他国からは同じように見られているのだろう。
DVDを見る多くの人はナガランドやマニプールに対する描写をありがちなテロリスト掃討として見るかも知れないが、実際にはそこに少数民族弾圧と独立闘争の長く複雑な歴史があることを知った方がいい。
丁寧に作られたインドのナショナリズム賞揚映画という価値以上に、本作はこれまであまり関心がもたれなかったインドの北東部7州問題を発見させるオルタナティブな意義をもっている。インド国内的にはナショナリズムの粋であった大ヒット映画が、国外的にはしられざる暗部を掘り起こすことになったという構図が、とても興味深く、また本作品への最大の驚きだった。
今もインドはパキスタンの武装勢力に対する「サージカル・ストライク」を続けている。その意味では『URI サージカル・ストライク』はとてもタイムリーでアクチュアルな戦争映画といえる。
パキスタン、インドの「空爆」に対抗すると カシミール地方で緊張高まる - BBCニュース
逆に北東部7州の動向は、日本ではあまり報道されることはない。そのことを視聴者は見落すべきではない。