18/11/24東京フィルメクッス「アルファ、殺しの権利」

東京フィルメックス2018特別招待作品「アルファ、殺しの権利」。18年フィリピン映画、監督ブリランテ・メンドーサ。
マニラの麻薬戦争と摘発したシャブを横流しする警察腐敗を描くクライムムービーで、日本のテレビでやってる「警視庁24時」みたいな手法で「県警対組織暴力」を撮ったらこうなるという印象。オールロケ、実際にマニラの下町やスラムで撮影し、ドキュメント的な映像の生々しさでは突出している。
いろいろ興味深い作品だが、ドゥテルテ大統領が容赦ない麻薬組織撲滅を宣言しているフィリピンでは売人は容赦なく射殺され、下町の細い路地でも自警団らしき人間が検問を張って通行人の身体検査をしている。なので本作の中心となる若い売人は検問突破のためにシャブ(現地語の台詞を聞くと、フィリピンでも『シャブ』と呼んでいるようだ)を伝書バトの足に結んだり、赤ん坊の紙おむつに隠したりしてすりぬける。民間人がボディタッチで調べている検問で、その程度なら勝新太郎がやったような方法でも通過が可能とも思うものの、売人にすれば発見→通報→即射殺の恐怖があるのかもしれない。そして検問をすりぬけたところで、密売が成功するわけでもない。シャブ密売はギャンブルだが、スラムの住人はそうするしか大金を得る方法がない。本物のスラムでのロケは、台詞になくてもそれを簡単に理解させる。
緊張感が強く独特のザラリとした感触の映像の映画で素晴らしい出来だが、あと少しだけ物足りない部分は、展開にサプライズがない点かもしれない。
近年、日本でも刑事が拳銃密輸とシャブ密売に関与する事件が実際にあった。北海道警を舞台にした大きな事件で、主犯である稲葉圭昭が「北海道警悪徳刑事の告白 恥さらし」(11年 講談社)としてまとめ、映画「日本で一番悪い奴ら」(16年)にもなった。そのため「アルファ〜」の粗筋にどことなく既視感を感じてしまう。
話はそれるが、稲葉圭昭の「恥さらし」は事件の内幕暴露として大変面白かったが、この事件はさらに道警や全国の警察の裏金蓄財問題に結びつき、この事件の調査報道を続けた北海道新聞は「追求・北海道警『裏金』疑惑」「日本警察と裏金 底なしの腐敗」の2冊で問題を徹底的に糾弾した。

また曽我部司は「北海道警の冷たい夏」で稲葉事件をルポした後、続編「白の真実 警察腐敗と覚醒剤汚染の源流へ」でとんでもない巨大疑惑を提示している。このあたりの書籍を読むかぎり日本ではフィリピンのような麻薬密売だけでなく、もっと巨大な腐敗が横たわっていることになり、しかも警察の裏金問題を追求した北海道新聞は司法から驚くべきしっぺ返しを食らう。警察からでなく、司法からである。その事情については高田昌幸が「真実 新聞が警察に跪いた日」(12年柏書房→角川文庫)に書いており、この告発書が稲葉事件の完結編となった。これらの警察腐敗のサーガを知ってしまうと、マニラ警察の腐敗はごく劇画的なステレオタイプとしか思えなくなる。だから私は「アルファ〜」の展開にサプライズは感じられなかったのだ。ただしそれは監督の責任ではない。

そういえば17年に広島中央署内で起きた現金8500万盗難事件はどうなったのか。少しは捜査が進展してるようだが、こんなに長引く事件ではないはずだし、マスコミではほとんど報道がなくなった。我々はこの事件をもっと注視すべきではないのか。
「アルファ、殺しの権利」はエンドクレジットにフィリピン警察の協力が示されている。たしかに署内のロケは本物っぽく、警官や銃器が本物らしきシーンが多々あり、映画のリアリティを強固なものにしている。最後の警察葬シーンは、おそらく実際の警察行事に紛れ込んで取ったのかもしれない。映画は警察側の腐敗追放活動を啓発している側面もあるので監督のスタンスが完全に批判的とはとらえきれない見方もできる。しかし私は監督やプロデューサーが偽のシナリオなどを使って警察を騙して撮影したの側面が強いと推測する。なので見終わって、監督の命は大丈夫かと心配になった。
本作はサンセバスチャン、釜山、ワルシャワ、トリノなどの国際映画祭で次々と上映され、喝采が続いてい。しかしフィリピンではまだ公開していないようであり、それは「できない」という事情なのかもしれない。そうしたフィリピンの政治的暗黒を感じさせる怖さはある。日本映画には「これを公開したら殺されるのでは」という作品は少ない。渡邊文樹が監督した映画には時々同じ怖さを感じる時があるが。
映画はマニラの灼熱と饐えた匂いを観客にたっぷり染み込ませて終了する。上映館は日比谷のシネコンだったが、こんなに日比谷での上映が似合わない映画もなかった。映画のせいじゃないけれど、終映後、通りに出るとクリスマスを控えたイルミネーションが美しくまたたき、「アルファ、殺しの権利」の悪徳とカオスを堪能した観客の気分を台無しにする。ほぼ満員の観客の反応はすこぶる良好で、たぶん一般公開されそうだが、この映画はシネコン向けではない。池袋のシネマロサか新宿のK'sシネマで上映されるのが妥当ではないかと思う。